浜松は公営ギャンブルのまちでもある。オートレース、そして競艇がある。
まずは、浜松オートレースから。ご存じのように、民法で賭博行為は禁止されている。小型自動車競走法(昭和25年)という法律に基づいて、開催されている。監督官庁は経済産業省である。浜松の開場は昭和31年の5月のこと。全国に6場あり、浜松のほか川口市、千葉県・船橋市、伊勢崎市など一県六市が主催団体となっている。
競技は一周500㍍のコースを八車でそのタイムを競う。一般レースは走行距離が3100㍍で、6周回する。ハンデレースがほとんどで、強豪車は後方からスタートする。最大ハンデは110㍍とされている。直線では150㌔のスピードが出る。コーナーでは減速されるが、ブレーキがあるわけではない。タイヤは、カーブでの接地性をよくするため三角形である。左回り走行であり、コーナリングをよくするため右ハンドルの位置が低く設計されている。スタート、コーナーでの主導権争いに手に汗を握る。
以前の搭載エンジンはイギリスのトライアンフや国内メーカーではメグロ、キョクトー、フジなどがあり、走りにそれぞれ特徴があった。現在は、全車ともスズキが製造するセア・エンジンを搭載している。
強い選手は運転技量が優れているだけでなく、車体整備にも秀でている。元SMAPメンバーの森 克行が、オートレース選手に転向することを表明し、所属をめぐって争奪合戦が繰り広げられた。残念ながら、浜松の所属にはならなかったが、売上不振であったオートレース事業に活気が一時期戻った。女性ファンが黄色い声援をあげたが、車券を買ったのかどうかは定かでない。
開場当初の走路はダートコース(未舗装路)で、死亡事故などのリスクも大きかった。また、女性ライダーもいた。平成22年に女子選手の募集が44年ぶりに再開され、女子レーサーが誕生した。
オートレース事業の収益は市の財政に組み入れられ、歳入に貢献してきた。開場してから11年間の繰入額は約20億円であった。
なお、平成20年から、オートレースと競輪は財団法人JKAによって運営されるようになった。
一方、浜名湖競艇は全国の24場のひとつ。競艇は世界でも例がなく、韓国に一場を数えるのみである。平成の大合併により、浜松市は施行者構成自治体のメンバーになった。所轄官庁は国土交通省(旧運輸省)で、造船関係の産業振興を目的に、昭和27年から実施されてきた。
レースは、二つのターンマーク間(300㍍)を反時計回りで三周する。トップスピードは約80㌔。女子選手も約一割いて、男子選手と同じ条件で競う。モーターの整備とスクリューのプロペラ調整がうまい選手が有利である。スタートダッシュと第一コーナーの旋回技術により勝敗はほぼ決する。モンキーターンというのだそうであるが、そういえば猿の仕草に似ている。
もうひとつ新たな楽しみが増えた。日本中央競馬会(JRA)が主宰するエクセルが誕生した。場外馬券売り場であるが、従来のものとは違い会員制システムとなっている。シートを購入し、レースを見ながら競馬を楽しめる。JR浜松駅近くにあるので、新幹線でやってくるファンもいるのではないだろうか。学生時代、しばしば府中競馬場に通った。当時の馬では、ハイセイコーが断然光っていたのを思い出す。
なお、筆者はカジノの推進論者であることを記しておきたい。観光立国のために、カジノはアフターコンベンションとしても不可欠である。先進国のほとんどが合法化している。カジノが合法化されれば、雇用も生まれるし外国人旅行者は格段に増えるであろう。
カジノ誘致は、静岡県も含めて多くの県が表明しているものだ。消費税などの増税よりもまず、これを実施すべきだ。治安を心配する向きもあるが、浜名湖へ船舶を浮かべるなど方法はいくらでもある。パチンコ業界は約三〇兆円の売上げがある。射幸心をあおるという点では、パチンコよりもずっと健全であることも事実である。国によってはネクタイ着用が義務づけられているなど、紳士淑女の社交場なのである。