浜松のやらまいか精神に対して、県庁所在地の静岡市は「やめまいか」と比喩されることがある。戦国武将に例えるなら浜松は質実剛健な徳川家康型であり、静岡はお公家風の今川義元型であるかもしれない。
明治39年の静岡民友新聞(後の静岡新聞)の社説に「静岡と浜松の特色」という記事がある。興味ある比較なので一部を引用させていただく。
「…両地の異なるところは、形而下よりも形而上において殊に著し。浜松人士は活発なる青年のごとく、静岡人士は老熟せる大人のごとし。浜松を熱火燃ゆるがごとき夏季に例うれば、静岡は菓穀成熟せる秋季に比すべし。浜松人士は冒険思想に富んで実力以上の活動をなし、静岡人士は着実を尊んで石橋を叩きて渡るの感あり。…」
なるほど、正鵠(せいこく)を得ていると思われる。さらに続く。
「…浜松にては大いなる成功者あると同時に、大なる失敗者もまたこれあり。静岡には大なる蹉跌者なき代わりに、赫赫(かくかく)たる成功者もまた少なきがごとし…」。
優等生タイプの長男が静岡とすれば、浜松はやんちゃな次男といったところであろうか。この分析は、鋭いといわざるを得ない。いずれにしてもどちらがよいというのではなく、あくまで性格の違いということである。
産業にもその違いが現れている。静岡が家具などの伝統的な工芸品を得意としているのに対し、浜松は常に新しいものにチャレンジしてきた。戦後のオートバイメーカーの乱立は、どのメーカーが抜け出してもおかしくない状況でもあった。
祭りにおいても顕著である。静岡を代表する静岡まつりは家康の大御所行列を見せるものであり、浜松のそれは浜松まつりの凧揚げ合戦。前者が静であるのに対し、後者は動だ。見て楽しむのと、参加して楽しむとの違いもある。
同じ静岡県人であるから、兄弟力を合わせてやっていきたいものである。